'02.10.02
 

            

                タイランド/アユタヤ           

 「水の都」と呼ばれるアユタヤは四方をチャオプラヤー川とその支流に囲まれた東西約7Km、南北約4Kmの大きな中州の中に街がある。この中州に渡るには現在でも陸路では6カ所の橋しかない。一年前に訪れた時は、日本人町跡やワット・ロカヤ・スタの湟槃仏像、3基のパゴダが並ぶワット・プラ・スリ・サンペットなど主だったところを廻って見学したが、今回は行かなかった場所だけを見学することにした。

ワット・プー・カオ・トン ワット・プー・カオ・トンで遊ぶ女学生 ワット・プー・カオ・トン裏の寺院 ワット・プー・カオ・トンの仏塔 ワット・プー・カオ・トンの黄金の玉

 場外(中州の外)北西の田園地帯にそびえる大きな寺院ワット・プー・カオ・トンはビルマ軍がアユタヤを占領した記念に建てたビルマ様式を、その後の戦でビルマ軍を破ったナレスアン王がタイ様式に改築し、さらにアユタヤ修復記念として頂上に黄金の玉が取り付けられた。

  樹木と仏像 仏像 仏像 地下に安置された像 仏像

 だだっ広い田園地帯に真っ白な大きな寺院が見える。道路から見れば近代的な公園かと思って通りすぎてしまった。一人で旅をしているという日本人の学生がぎらぎら照りつける炎天下を自転車で颯爽と風を切って去っていった。寺院の階段では地元の女学生が駆け足で一気登りの競争をしてケラケラ笑っている。

  ワット・プー・カオ・トン裏の寺院 ワット・プー・カオ・トンの塔堂 ワット・プー・カオ・トン ワット・プー・カオ・トンの仏塔 ワット・プー・カオ・トン公園の像

 遠い昔に、流れる汗もそのままにして一生懸命遊んだあのころの風景がだぶって見えてくる。タイの女学生の制服は、昔の日本の女学生の制服によく似ている。そんな昔に戻ったような懐かしい光景、笑い声、青い空、生い茂った木々の葉、暑さを和らげる一面に覆い尽くした草の絨毯、田園を渡ってそっと吹く風、なにもかもその時代に味わった感覚である。きっとそんなタイランドが私を呼び寄せているような気がする。

  ワット・ナー・プラメン ワット・ナー・プラメン ワット・ナー・プラメン ワット・ナー・プラメン ワット・ナー・プラメン

 中州の北側外にはもう一つビルマ軍の破壊から免れたアユタヤ王朝最大規模の本堂ワット・ナー・ブラメンがある。見事な黄金のレリーフのある屋根の部分の一部は修復中であったが、王宮跡の対岸であるため大勢の観光客が訪れていた。
 アユタヤ王朝時代国際貿易のためポルトガル人、オランダ人、イギリス人、フランス人などがチャオプラヤー川沿いにそれぞれの町を形成していた。日本人町も造られていて最盛期の17世紀前半には1500人もの日本人が暮らしていたらしい。今回は寄らなかったがこの日本人町も中州の南側外でチヤオプラヤー川に面した所に跡地がある。

  ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ

 不況だと言われている日本、国内では40代や50代の家庭の大黒柱が自殺をしたり蒸発したり青息吐息で肩を丸め疲れ切った体を引きづって働いているのにこのタイランドには日本人が大勢観光に訪れている。日本にも儲かって儲かって笑いが止まらない人たちも沢山いるのだと実感する。

  ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ ワット・ラチャブラナ

 タイランドから始まったアジアの金融不安から不況。そんな中でもタイランドの人たちは明るく笑って「マイペンライ」で活気に溢れた生活を送っている。一日中働いても500円から千円位にならなくても真っ黒になって頑張っている。仕事のない人も、博打をしている人も、酒を飲んでいる人も、ただ何となく座っている人も兎に角頑張っている。自殺しようなんて考えていない。くよくよ何てしていない。

 
 
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