'08. 5.26
 

           

                タイランド/チェンマイ            

  

   10年連続でチェンマイにゴルフに行くのが一番の楽しみですとメールが届いた。この友達とは'98年にチェンマイでゴルフをした記憶があるから、それ以降彼は毎年チェンマイを訪れていることになる。私は8年ぶりに来てみたが、バンコクよりも大夫涼しく感じられる。日本人が暮らすにはこの位の暑さまでだと妻は言う。 

   チェンマイの北西にある山ドイ・ステープの中腹にワット・プラ・タート・ドイ・ステープがあり、チェンマイの観光名所の一つになっているが、300段以上もある石段を汗を拭き拭き登った処に本堂がある。ところが今では階段の横に半地下のモノレールが出来ており、乗車賃を出せば汗をかかずに登れるようになっていた。帰りはお金を出すのがもったいないから階段を下りてきたが、下りだと少しの風でも心地よい。 

   階段の下で待っているトラックを改造した車(ソンテウかサムロ?)に乗りメオ族の村へ向かう。前に訪れたときは、私が小さい頃の日本の田舎と同じで道路が舗装されておらず、綺麗に整備された土の道を村の人達が自宅の周りをほうきで掃いてゴミ一つ無く整備されていてた。そんな風景が懐かしく、皆に話をしたものであった。村内の道路を暫く歩いてガッカリ。道は舗装されていた"ガックリ!!"。空模様が怪しく雨が降りそうなのを理由にそそくさと山を下りてきた。

   最初にチェンマイを訪れたとき、カントーク・ディナーに出かけた。その時の説明では宮廷料理だと言ったのが印象に残っていたらしく、今までカントークが円形の膳だとは思っていなかった。思いこみとは不思議な物で何回もカントーク・ディナーを摂っているのに、踊りを見ながら夕食を食べるチェンマイ(ランナー・タイ)王朝の宮廷料理だと思っていた。

   団体さんは、床に座ってカントークに盛られた料理を食べる。ペアや単独のお客さんは舞台と同じ高さの床に通されてカントークが運ばれる。私達の隣に日本人のオッサンがやって来た。舞台の直ぐ横だからショーが見えないと文句を言って席を移動していった。変わって私より大きな若い二人連れの金髪のオネーチャンがあぐらをかいて座った。ショートパンツからはみ出すかも知れないと期待するが何事も起こらない。カントークの膳だけでは物足りないらしく3、4品追加して平らげている。私は持て余しているのに.......この子達を相手する男は大変だろうなと、彼女たちの食欲に感心する。

   民族衣装を着た若く綺麗な娘達によるショーが始まった。殆どの娘がチェンマイに沢山ある大学生のアルバイトだと聞いた。昼間勉強をし夜、アルバイトのショーをする。勤勉学生に取ってはチェンマイは良い環境に思われる。舞台の正面横に移動した日本人のオッサンは、食事をしながらショー見学をするのではなく、ショーの写真撮影が目的だったらしく、舞台のかぶりつきでカメラを構えている。その場所まで出向いて写真を撮るのであれば席を移動した意味が分からない。変なオッサンである。

   少数民族のカラフルな衣装に身を包んだ子供や娘達が、至るところで民族の民芸品や物産を売っている。昔も今も生活の為には、色々な商売をしないと食べていけない。多分私も生活のため年金が満額貰える65才までは働かないと暮らして行けない。その老齢年金も給付額が大夫下がって質素に暮らしても足が出そうである。タイに来て暮らしても長く住めるか心配である。

    ナイトバザールで同じデザインのTシャツが3枚必要だったので値切って買おうと、沢山の店を廻ったが3枚揃う店がない。一枚ずつ店を変えて買うと高くなるし2枚有る店で交渉すると、近くの店まで走っていって揃えてくれた。感謝してお金を払い暫く散策すると?3枚も4枚も同じ色で同じ柄同じサイズ、あっちの店もこっちの店も。慌てて買わなくても有ったか?.....

 

     天使の都        先頭に戻る